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Gramatika / バスク語の文法について

 

バスク語の文法は、英語やドイツ語、スペイン語やフランス語などのいわゆるメジャー言語と比べるとかなり特殊です。

そんな特殊な文法を持つバスク語についてこれまで書いてきたのですが、まあ正直自己満足的な側面が強かったので、特に解説もせずに書いてきました。

 

そもそもバスク語自体の説明もしないままここまで来てしまったので、バスク語言語学について下知識がないとチンプンカンプンな内容だったと思います。

 

ということで今回は、簡単にですが、バスク語バスク語の文法について紹介します。

 

 

 

 

 

バスク語概要

概要については正直Wikipediaにだいたいのことは書いてあるので、Wikipediaに載っていないような情報を中心に紹介したいと思います。

もちろん確度の高い情報を紹介するつもりですが、気になった方は是非自分でも調べてみてください。

 

地理的分布

バスク語は、スペインとフランスにまたがるバスク地方で話されている言語です。

バスク地方とは、行政的にはスペインのバスク自治州ナバラ自治州、そしてフランスのピレネー・アトランティック県の一部を指します。

それぞれの行政区は以下のように7つの領域(provincia)に分かれます。バスク語の方言もおおよそこの区分に従って分類されています。

ピンクがバスク自治州、緑がナバラ自治州、黄色がフランスバスクです。*1

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*2

 

話者人口

バスク語母語話者としている人は現在およそ70~80万人いるとされています。

なかなか正確な数字を出すのは難しいのですが、2016年にバスク州政府が実施した調査のレポートがあるので、そこから2つデータを紹介します。

興味のある方は以下のリンクからどうぞ。全部バスク語ですが…

VI. Inkesta soziolinguistikoa 2016

 

スマホの方は画面を横にすると見やすいと思います。

 

領域ごとのバスク語話者人口(2016)
行政区 領域 総人口 バスク語
母語話者
二言語
話者
非バスク語
話者
スペイン バスク自治 Araba 273,086 52,513 50,197 170,376
Bizkaia 986,155 272,423 201,074 512,658
Gipuzkoa 605,139 306,448 104,665 194,026
ナバラ自治 Nafarroa 533,602 68,946 55,134 409,522
フランス

ピレネー・アトランティック県

Lapurdi 216,764 35,006 18,808 162,950

Nafarroa Beherea /
Zuberoa

32,677 16,191 4,492 11,994

ここではバスク語話者は以下のように定義されています。

  1. バスク語母語話者:バスク語を流暢に話すことができ、十分理解できる
  2. 二言語話者:バスク語を流暢に話すことはできないが、
    • バスク語を「ある程度」理解して話すことができる
    • バスク語を「よく」または「かなりよく」理解できる
  3. バスク語話者:バスク語を話せず、理解もできない 

1の人数を合計すると、751,527人になるのでこの数字が母語話者としてカウントされてるんですね。

 

領域ごとの第一言語(2016)
行政区 領域 バスク語 バスク語
+ 他言語
その他言語
スペイン バスク自治 Araba 3.8% 3.2% 93.0%
Bizkaia 11.9% 5.7% 82.4%
Gipuzkoa 32.9% 7.9% 59.2%
ナバラ自治 Nafarroa 6.2% 3.1% 90.8%
フランス ピレネー・アトランティック県 Lapurdi 11.3% 5.2% 83.5%
Nafarroa Beherea / Zuberoa 46.8% 9.7% 43.5%

こっちはバスク地方の人々の第一言語の割合を示した表です。

ここで第一言語とは、幼少期に家庭でバスク語のみで育った人を指しています。

Gipuzkoa はDonostia(サン・セバスティアン)があるので人口も多いのですが、それでもほぼ3割の人がバスク語第一言語としていることが分かります。

  

歴史

*3

よく言われている話ですが、バスク人バスク語の起源は分かっていません。

一方、バスク人がインド=ヨーロッパ語民族の侵入以前からイベリア半島に住んでいたことは知られています。つまり、バスク語はおよそ3000年にわたる印欧語化の波を乗り越えて生き残った、ヨーロッパ唯一の先印欧語ということになります。

 

バスクの(バスク語とは言いません)言語的記録の最古のものは、西暦紀元前後の墓石や碑石であると言われています。

ちょっと紹介します。*4

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夫婦の様子が表された墓石です。SENARRI という文字が読めるかと思いますが、現在のバスク語では senar「夫」という単語が残っています。

 

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こちらの石碑にはバスク語で「新しい」を意味する berri や、「女性」を意味する andere が見て取れます。また -xo は現在でも指小辞として残っています。 

 

また古代ローマの地名にバスク語ゆかりの地名が残っていることからも (ex. Oiartzun)、紀元前後には古代バスク語が既に話されていたと考えられています。

その後も巡礼書などにたびたびバスク語が登場し、1545年には最初のバスク語で書かれた本『バスク初文集』がボルドーで刊行されています。

2014年にはその『バスク初文集』が日本語に翻訳され出版されていますよ! 

バスク初文集

バスク初文集

 

 

その後の歴史についてはあまりに長くなってしまうので割愛しますが、ピレネー山脈と海に囲まれた地理的要因の他、キリスト教化が11世紀まで進行しなかったことなどが、バスク語が古代から生き残った要因ともされています。

 

系統

バスク語の言語系統はこれまた不明です。

これまでも色んな説が唱えられてきましたが、現時点では完全に孤立語とされています。まあこの辺はWikipediaを見てください。

同じく孤立語である日本語と似ているという話もありますが(語順とか語彙とか)、偶然だと思います。

でもどの言語とも血縁関係がないことを証明することは論理的に不可能なので、これは悪魔の証明ですね。

自分が信じたい説を信じればいいんじゃないかなと思ってます。

 

現在のバスク語の状況

現在、各行政区のバスク語の状況は以下の通りです。

 

今でこそ一定の地位を獲得しているバスク語ですが、ここに至るまで波乱万丈な人生(?)を歩んできました。

もともとバスク語の研究は18世紀ごろから盛んになり(最初の文法書は1729年にサラマンカで出版されています)、1918年にはバスク語アカデミー(Euskaltzaindia)ビルバオに創設されました。

しかし19世紀後半のスペイン王政復古によりバスクが地方特権を失い、さらに20世紀にはスペイン内戦後のフランコ政権下(1939~1975)でバスク語の使用が禁じられたことによって、大幅な話者減衰に直面します。

 

フランコ政権晩年の1960年代にはいるとバスクナショナリズムバスク語復権運動が盛んになり、その中で「イカストラ(Ikastra)」と呼ばれるバスク語学校の運営が再開され、徐々にその勢力を回復していきます。

1968年にEuskaltzaindiaが「統一バスク語」を制定し、フランコの死後1979年にはバスク自治州公用語の地位が認められました。

 

現在では少なくともバスク自治州では、ほぼすべての生徒が初等教育バスク語の教育を受けるまでになっています。 

 

 

文法

やっと本題まで辿り着きました!

文法はやや複雑なので順を追って説明しますね。

 

基本情報

基本情報というのは、人称とか数とかそういうやつです。

英語でも三単現ってありますよね。

 

人称はまず1人称と2人称があります。3人称もあります。

ただ1人称と2人称は人称代名詞がある一方、3人称は「これ」「それ」「あれ」といった指示代名詞で代用します。

ちなみに「私」が "ni"、「君」は "zu" です。

 

次に数ですが、これも単数と複数があります。

 

名詞の性の区別はありません。

 

最後に時制ですが、動詞の説明の際にも説明しようと思いますが、現在形と過去形があります。未来を表す形もあります。

 

格というのは、名詞の後ろにくっついて名詞の役割を決める働きを持っています。

名詞の役割というのは、主語や目的語もそうですし、ほかにも場所を表す役割もあります。

「~から」「~へ」「~で」「~の」などがあります。

あとは「~によって」「~のために」もそうです。

 

英語などで前置詞が担っている役割を格が担っているイメージです。

逆に言うと、バスク語には前置詞はありません。

 

バスク語にはこの格が16種類あり、さらに単数と複数で形が変わります。

 

16種類と聞くとちょっと身構えますが、慣れといえば慣れです。前置詞がないと思えば…

 

動詞述語

バスク語で一番複雑と言われているのが動詞述語です。

 

まず、バスク語の動詞は一部の例外を除き、助動詞とセットで使われます。

ここでは動詞と助動詞を合わせたものを動詞述語と呼んでいます。

 

例えば次の文は「私はバスク語を勉強する」という意味ですが、

Nik euskara ikasi dut

下線部分が動詞述語になります。

ikasi が「学ぶ」という動詞、dut が助動詞です。

 

以下、助動詞→動詞の順で説明します。

 

助動詞

バスク語の助動詞は、

  • 主語の人称(1人称・2人称・3人称)
  • 主語の数(単数・複数)
  • 直接目的語の人称(1人称・2人称・3人称)
  • 直接目的語の数(単数・複数)
  • 間接目的語の人称(1人称・2人称・3人称)
  • 間接目的語の数(単数・複数)
  • 時制(現在・過去)
  • 法(直説法・仮定法・可能法・条件法・接続法)

この8つのカテゴリに合わせて変化します*5

正直全部で何通りあるのか数える気も起きません。

ちなみに直説法の現在形だけで90通りくらいあります。

 

ただこれを全部覚えてなきゃバスク語が読めないというわけではありませんし、一応規則っぽいものもあります。

 

例を挙げます。

 

Nik liburua irakurri dut. 「私は本を読む」

liburu: 本 irakurri: 読む

 

この dut は、主語が1人称単数(私は)、直接目的語が3人称単数(本を)の直説法現在形ということを示しています。

 

これが主語が1人称複数「私たち」になったのが①、1人称単数のまま過去形になったのが②、1人称複数で過去形にしたのが③、主語は1人称単数のまま目的語を複数(2冊の本)にしたのが④です。

 

①Guk liburua irakurri dugu.

②Nik liburua irakurri nuen.

③Guk liburua irakurri genuen.

④Nik bi liburu irakurri ditut.

 

すべて太字の助動詞が異なっているのが分かると思います。

 

また助動詞に人称の情報が含まれているので、人称代名詞は普通は省略されます。

つまり、

Nik liburua irakurri dut.

ここから nik「私は」を省略して

Liburua irakurri dut.

でOKです。

動詞が人称変化する言語(スペイン語とか)を勉強したことある人にはイメージしやすいのではないでしょうか。

 

一見複雑な助動詞ですが、裏を返せば、長い文でも助動詞を見ればその文の構造が分かるということです(便利!)

  

動詞

助動詞があれだけ変化したからには動詞本体は変化しない

 

なんてことはないのです。残念ながら。

 

ただし、動詞の変化は規則的で単純です。

変化も、

完了形不完了形未来形

の3パターンしかありません。

 

完了形は、そこで言及されている時制とかかわりのある場合に用いられます。

ビルバオに旅行する」とか「今日は5時に起きた」とか「昨日その本を読んだ」とかそういう場合です。

Gaur ni bostetan esnatu naiz. 「私は今日5時に起きた。」

gaur: 今日 bostetan: 5時に esnatu: 起きる

 

不完了形は主に習慣的な行為を表す場合に用いられます。

「毎日学校へ行っている」とか「彼はワインが好きだ」とか「当時は学校に通っていた」とかそういう場合です。

Ardoa gustatzen zaio. 「(彼は)ワインが好きだ。」

ardoa: ワイン gustatu: 「好む」

 

未来形は言葉の通り未来のことや推量を表す場合に用いられます。

Ni bihar eskolara joango naiz.「私は明日学校へ行くだろう。」

bihar: 明日 eskola: 学校 joan: 行く

 

実際にどういう変化をするかというと

完了形辞書に載っている形です。(ikasi: 学ぶ)

不完了形は、動詞の語尾が -ten もしくは -tzen になります。(ikasten

未来形は語尾が -ko-go となります。(ikasteko

 

 

他に動詞の語幹だけで用いる場合もあるのですがここでは割愛。

 

 

文の構造

さて、名詞(格)の話と動詞の話をしたので実際の文の構造の話を少ししたいと思います。

 

英語ともスペイン語とも、そして日本語とも違う、ある特徴をバスク語は持っています。

 

バスク語は同じ単語でも、その単語が自動詞文の主語になるときと他動詞文の主語になるときで、単語の形(格)が異なります

 

実際の例文を見た方が早いですね。

※Aitona は「祖父」という意味です。

 

Aitona etorri da.「おじいちゃんが来た。」

 

Aitonak ardoa erosi du.「おじいちゃんがワインを買った。」

 

上は etorri「来る」という自動詞、下の文は erosi「買う」という他動詞を使った文です。

「おじいちゃん」に注目してほしいのですが、

自動詞文では "Aitona" なのに他動詞文では "Aitonak" となっていますよね。

 

このように、他動詞文の主語には "-ak" や "-ek" という格が付きます。

この格を「能格」といいます。

能格は他動詞文の主語にしか出てきませんが、とても重要です。

 

では自動詞文の主語はというと、先ほどの例文では Aitona だけで何も付いていないように見えますが、実は -a という格が隠れています。

この格を「絶対格」といいます。

絶対格は自動詞文の主語と、他動詞文の目的語にも現れます。

Aitonak ardoa erosi du.

の ardoa「ワイン」の -a が絶対格です。

 

さて、ここでもう一度先ほどの例文を見てみます。

 

Aitona etorri da.

 

Aitonak ardoa erosi du.

 

Aitona の形もそうですが、文の最後の助動詞に注目です。

 

助動詞の話をしたときに、主語や目的語に合わせて助動詞が変化するという説明をしました。

ここで、自動詞文には目的語はないので、助動詞の形が異なっていますね。

 

まとめると…

1.他動詞の主語には特別な格(能格)が現れる。自動詞の場合は、主語には(能格ではなく)他動詞の目的語と同じ絶対格が現れる。
2.能格や絶対格が文の中でどのような組み合わせで現れるかによって、助動詞の形が決まる。

ちなみに先ほどの助動詞の説明では触れなかったのですが、バスク語の助動詞は体系的には4種類に分別されます。

例えば、単純な自動詞文と他動詞文では格の現れ方が違うので(自動詞文に目的語はない)、そもそもの派生元の形が異なるってことです。

ちゃんと勉強するんじゃなければ気にしなくていいです。

 

あともう少しだけ統語論的なところを補足します。

語順について

バスク語は、語順については自由度がかなり高く、話者が何をスコープに話すかで変わってきます。

それでも一応基本語順はSOVで、日本語と同じです。

欧米の人には「悪魔の言語」とか呼ばれているバスク語ですが、日本人からすると学習する際は取っつきやすいかもしれません。

 

形容詞

バスク語では、形容詞は名詞を後ろから修飾します(後置修飾)。ここは日本語と違いますね。

特徴的な点は、形容詞が名詞を修飾すると、名詞に付いていた格が後ろの形容詞に移動するということです。

名詞句全体に格が付くというイメージです。

例を挙げます。

Ardo-a「ワイン」

Ardo gozo-a「美味しいワイン」

 

複文の作り方

ここではバスク語における複文の中で、どのように従属節が形成されるかを紹介します。

 

従属節というのは、 文の中心となる「主節」を補う役目をする「節」のことです。

従属節はそれ自体に主語と述語を持ちますが、単独では意味を成しません。

日本語だと以下の下線部分が従属節になります。

  • 太郎はバスク文化について書いてある本を読む。
  • 大学でバスク語の授業が開講されたので、太郎はその授業を受講した。

 

英語やスペイン語では関係代名詞や接続詞を使ってこの従属節を作ります。

一方、バスク語では先ほど挙げた動詞述語に接辞を付けることによって、従属節を作ります。

これも例を挙げた方が早いですね。

 

  1. Uste dut etorriko dela.「彼は来ると(私は)思う」
  2. Etortzen bada, galdetuko diot.「彼が来たら、彼に尋ねてみます」
  3. Etorri den gizona frantsesa da.「やって来た男はフランス人だ」

 

ここでも全て下線部が従属節ですが、これらの従属節は全て、

Etorri da「(彼が)来る」*6

da という助動詞に接辞が付いたものなんです。

  1. da + "-ela" : dela「~ということ」
  2. "ba-" + da : bada「もし~したら」
  3. da + "-en" : den「~という」

 

従属節を作る場合には動詞述語の形を変え、関係代名詞等は用いない っていうのがポイントですね。

この辺は日本語と似ています。

 

最後に

バスク語のように能格を用いる言語のことを総称して「能格言語」といいます。

日本人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、南アジアの言語(ヒンディー語など)やチベット語イヌイット語、グルジア語もこの能格を用いる言語ですし、言語類型論的にそこまで珍しいものではありません。

 

語順にしても世界の言語の半分近くがSOVを好むと言われています。

 

今回取り上げませんでしたが、バスク語の数詞は20進法でありこれもそんなに珍しいことではありません。

 

何が言いたいかというと、、

世間(?)で独り歩きしている印象ほどバスク語は珍しい言語でも、厄介で難解な言語でもないと僕は思っています。

冒頭で書いたように、確かに普段馴染みのあるメジャー言語と比べると特殊ではありますが。

 

格とか助動詞とか一見ややこしそうですが例外が少なく、緻密で整頓された言語です(方言に足を踏み入れるとまた別ですが)。

 

今回まとめたのはバスク語の文法のうちほんの一部でしかありませんが、少しでも興味を持ってもらえたらなぁと思います。

  

それでは。

Agur! 

 

追記

このブログでは今回の記事で取り上げた中でも特に、助動詞について触れることが多くなると思います。

助動詞は特に難しいのですが、

助動詞の話をしていたら、「あー また主語とか目的語とか自動詞とか他動詞の話してるなー」くらいに思ってください。

結局ほとんどの場合、それ以上でもそれ以下でもないのです。

*1:バスク地方」と「バスク自治州」は一致しないので注意

*2:http://wwwitsosupetekue.blogspot.com/2006/11/euskal-herria-7-probintziak.html

*3:下宮忠雄著『バスク語入門』を適宜参考にしています。

*4:http://aragoia.blogspot.com/2011/12/prova1.html

*5:言語学的には正確な表記ではないのですが、ここではあくまでもバスク語を知らない人がなるべくイメージしやすいような書き方にしています。

*6:etorriko が未来形、etortzen が不完了形、etorri が完了形